
かつて田園が広がっていた八代市も、工業団地が形成され、九州新幹線や高速道路が開通したこともあって、急速に都市化が進んでいる。旧来の地縁、人縁を基盤とした地域の関係が核家族化で淡白になってきた。「ITで地域コミュニティを再構築できないか」と考えた市役所の職員が、業務を終えた自分の時間を使って作ったのがソーシアル・ネットワーク・システム(SNS)「ごろっとやっちろ」だ。全国初の自治体版SNSというだけでなく、プログラムをオープンソース化したことで各方面から注目された。

八代市(やつしろし)
| ■位 置: | 熊本県の中央南部に位置し、県を東西に横断している。西は八代海(不知火海)に面し、東は宮崎県東臼杵郡椎葉村に接する。日本三大急流の1つである球磨川が形成した肥沃な扇状地を持ち、農業と工業のバランスがとれた都市となっている。 |
|---|---|
| ■面 積: | 680.19km2 |
| ■人 口: | 13万8,101人、世帯数5万737世帯(2007年2月28日現在) |
| ■沿 革: | 江戸時代は熊本藩細川氏の筆頭家老松井氏の城下町として栄えた。1940年市制を施行し、1943年以後、周辺町村を編入して市域を広げ、2005年8月1日、6市町村(八代市・坂本村・千丁町・鏡町・東陽村・泉村)が合併し、新体制でスタートした。 |
八代市が市民に公開しているSNS「ごろっとやっちろ」の“ごろっと”は、地元の方言で「丸ごと」の意味。そこに「ゴロッと横になる」の意味をかけている。また、“やっちろ”は八代の古い呼称。若い世代の人たちにとっては「やつしろ」だが、お年寄りは「やっちろ」の方に親しみがある。
そもそもは2003年4月に全面改良した市のWebサイトにさかのぼる。当初は市のWebサイトに追加された市民向けのポータルサイトだったが、2004年4月に情報交換の機能を備えて独立したコミュニティ・サイトとなり、2005年10月にほぼ現在のスタイルが固まった。
全国から注目されるようになったのは、コミュニティ・サイト機能を備えた2004年4月以後である。自治体初のSNS型地域コミュニティ・システムであること、OSやミドルウェアにオープンソース・ソフトウェア(OSS)を採用していること、構築したシステムそのものをOSSで提供していること――などが理由だった。
もう1つ、注目された理由は、システムを構築するための費用がほとんどかかっていないということだった。市の職員が土曜日や日曜日、自分の時間を使ってコツコツとプログラムを組んだのだ。またシステムを運用するサーバーは、市がすでに設置していたハードウェアを利用したので、新たな設備投資も不要だった。
費用をかけなくても、アイデアと工夫で斬新なシステムができることを実証して見せたのは、同市情報化推進係主任の小林隆生氏である。
「プログラミングやシステム設計の技術は独習で習得しました。インターネットであれこれするのが好きだった。それだけのことです」と、こともなげにいう。
「強いていえば、八代が好き、ということでしょうか」(小林主任)。
八代市には際立った観光地はないが、日本三大急流の1つである球磨川が市の東西に流れ、その河川敷で全国花火競技大会や妙見祭(毎年11月22、23日)が開かれる。全国花火競技大会は翌年に向けた新作の発表会で、遠く関東地方からも観光客が訪れる。また妙見祭には「亀蛇(きだ)」と呼ばれる神獣や鉄砲隊が街中に繰り出し、河原を馬が疾走する。
「それに河童の発祥地でもありますし」(小林主任)。
中国・春秋戦国の時代、乱世を逃れた河童が海を渡って八代の海辺に上陸した――という言い伝えがある。球磨川ならではの伝説で「ごろっとやっちろ」にもメインキャラクターとして登場している。
現在の八代市は漁・農・工・商のバランスがほどよく取れ、高速道路や新幹線ができたこともあって新興住宅地が広がりつつある。また、2005年8月1日付で周辺2町3村(千丁町、鏡町、坂本村、東陽村、泉村)と合併し、3万4,000人ほど人口が増えた。地域コミュニティ・システムを作ろうと思い立った背景には、合併に伴う新旧市民の情報交換の場を提供するねらいがあったのかもしれない。
「それは結果。別段、市町村合併をにらんでいたわけではありません」と小林氏はいうが、一方で「以前と比べ希薄になった地域コミュニティを再構築したかった」と語る。
検討委員会では、庁内LANをインターネットに接続すること、Webサーバーの運営を外部から庁内に移すことの2点が決まり、併せて「最新の情報を迅速に市民に配信したい」という要望が示された。そのためには、市民が積極的に市のWebサイトを見てくれなければならない。
「市からの『お知らせ』はWebサイトに掲示してあります」だけでは情報は活用されない。市民の役に立たないのではWebサイトの意味が問われる。
では、どうすれば多くの市民が見てくれるか。
「自由に情報を書き込める場を作ったらどうだろう。八代市も電子掲示板を設けてはどうか」(小林主任)。
数多くの市町村が電子掲示板を一般に公開している。最も無難な案だが、小林氏は「それで本当によいのか」と疑問だった。ネットワーク管理者として他の市町村のWebサイトを研究していたので、電子掲示板の長所も短所も分かっていた。
電子掲示板は、不特定多数の利用者が書き込む。根拠のない風評や嫌がらせ、人を不愉快にする暴言が書き込まれても、それを放置したまま、発信者に注意しないケースが珍しくない。
「匿名性による一種の暴力ですね。そうなると、サイトを公開している自治体の品位が疑われるわけです。八代市がそうなってもよいのか、と考えました」(小林主任)。
しかし、このときはまだSNSの発想はなかった。