
岡山市は2002年度、電子町内会をスタートさせた。e-Japanプロジェクトがスタートした翌年のことでもあったことから、全国的にも初の試みとして脚光を浴びた。生活スタイルが変わったことや、新しい住宅地ができたことなどで、町内会の活動に参加したくても参加できない人が、いつでも気軽に参加できる方法はないものだろうか。また、市民同士の意見交換や市民と市役所の情報交換を効率よく行うにはどうすればよいのだろうか、と考えたところにインターネットの利活用があった。

岡山市(おかやまし)
| ■位 置: | 岡山平野の中央に位置し、南部は地味豊かな沃野、北部は吉備高原につながる。温暖な瀬戸内海に面し、春秋は快晴の日が多く、台風も四国山脈が防壁になって影響が比較的少ない。関西・中国・四国の接点に位置し、本四架橋等により、交通・物流拠点としてウエイトが増している。 |
|---|---|
| ■面 積: | 789.9km2 |
| ■人 口: | 69万3,439人、世帯数27万5,242世帯(2007年2月現在) |
| ■沿 革: | 1889年(明治22年)に市制を施行して以来、計12回にわたる周辺市町村の合併・編入を行った。1969年(昭和44年)西大寺市、1971年(昭和46年)9町村(一宮町、津高町、高松町、吉備町、妹尾町、福田村、上道町、興除村、足守町)、1975年(昭和50年)5月に藤田村をそれぞれ合併・編入している。平成の大合併では、2005年3月に御津町、灘崎町、2007年1月に建部町、瀬戸町と合併した。 |
2007年1月、岡山市と建部町、瀬戸町が合併して新しい「岡山市」が発足した。人口は69万人を超え、政令指定都市に昇格する目安の人口70万人まであと一歩に迫った。取材に対応してくれた岡山市市民局市民企画総務課協働ネットワーク推進室長の田中利直氏は、
「新興住宅地への人口流入などによる自然増で、そう遠くない段階で政令指定都市に必要な条件は整うでしょう。ただし、電子町内会は必ずしも政令指定都市を視野に入れた取組みではありません」という。
実際、電子町内会のシステムが稼動したのは5年前、e-Japanプロジェクトがスタートした翌年だった。
同室主事の峰松秀年氏は「結果としてそのための基盤づくりになっていますが、当時はむしろ、市役所と住民の情報交換をどうすれば円滑に、効率的に行えるかがテーマでした」という。
電子町内会のベースとなっているのは、インターネットだ。そこに市内の町内会ごとのホームページを開設し、市のサーバーで相互に連携する。つまり、岡山市役所を中心に、市内の町内会を結んだイントラネットが形成されている。
町内会の住民同士が、メールや電子掲示板で情報を交換できる会員向けサービスと、他の町内会や市役所と情報を共有できる共通サービスの2つの機能が用意されている。情報を共有することで“協働”を実現しようというものだ。
システムには特殊な技術は採用していないし、特別なアプリケーションが動くわけでもない。
「漠然と、こんな仕掛けはどうだろう、という話が市民局内で始まったのは2001年、ちょうどe-Japan構想が発表された直後でした」(田中室長)。
さらに峰松氏が続ける。「岡山市はもともと、町内会組織がしっかりしていて、日ごろの活動が活発なのです。ですから市からのお知らせも、町内会を通じて回覧板を回したり、資料を配布したりしていました。ですが、その方法だとどうしてもタイムラグが生じてしまいます」
たまたま一家そろって旅行か何かで不在だった場合、伝わらないことがないとはいえない。また、新幹線や本四架橋、中国自動車道など交通機関の発達で、市の郊外に宅地造成が進んだ。新たに岡山市の住民となった人々は、地縁関係が希薄で、地域のイベントに参加したり意見を言いたくても、どうしたらよいか分からない。
「市からのお知らせ」は、もちろん市の広報誌やホームページに掲示するが、どうしても“見逃し”がある。また、市の施策に住民の声を迅速に反映させるため、アンケートを実施することも必要だ。
「岡山市には町内会という自治組織を通じた情報交換・共有の仕組みがあるので、そこにインターネットを活用したら、もっと適切に情報を伝達できるのではないか、と考えました」(田中室長)。
市のホームページには多彩な情報が掲示されているが、アクセスした個々の住民には関係がない他の居住区に関する情報も多く含まれる。ところが町内会を通じてもたらされる情報は、当人にとって重要度が高い。しかも“お隣さん”同士、地域コミュニティという基盤がある。インターネットとホームページを使えば、膨大な情報の中から、個々の地域、住民に必要な情報だけを適切に伝え、同時に住民の声を吸い上げることができる。
「お年寄りもパソコンやインターネットに抵抗感を持たない人が増えたことと、新住民の多くがブロードバンド世代といった事情もありました」(峰松主事)。
このアイデアが生まれたときの市長は、現在は衆議院議員になっている萩原誠司氏だった。同氏は経済産業省で情報産業の育成と情報化振興に腕を奮っていたことで知られる。
「どんなものでしょう?」と伝えると「それはいいアイデアなので、前向きに進めてください」という答えが返ってきた。
そこで、総務省が実施していた「eまちづくり交付金」に応募することになった。
「技術的には特別なものではありません。システムは市が保有するサーバーを提供することにしたので、町内会の皆さんに経済的な負担をおかけすることはない。パソコンや携帯電話をお持ちなら、いつでも、どこからでも、自分が住んでいる地域の情報を閲覧することができます((田中室長)。
町内会のホームページに「市からのお知らせ」を表示するとともに、掲示板の機能を拡張して、町内会に参加している人同士が使える電子掲示板「e交流」、アンケート機能「e御意見」を用意する。
「たいへんだったのは、それぞれでホームページをつくってもらわなければならないことでした。それに運営のルールと体制づくり。地域の皆さんと協働して情報化を推進していくために、情報部門ではなく、市民局の協働ネットワーク推進室が担当なのです」(田中室長)。
協働ネットワーク推進室という名称には、町内会=市民と協働して地域の情報を共有する仕組み、という意味が込められている。その「たいへんだった」というホームページづくりはどのように進められたのだろうか。